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07

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対決直前! サッカー日本VSホンジュラス

いよいよ明日、ロンドン五輪サッカー「日本vsホンジュラス」の対決。
日本中が(というのは大げさだろうけど)こんなにホンジュラスに注目するのは、かなり珍しいことでしょう。

日本にとっては、すでに決勝トーナメント進出が決まっているわけですが、ホンジュラスにとっては敗退になるか、進出になるかの大一番。かなり注目の一戦!

それでは、日本で応援しているみなさんのために、現地よりプチ情報♪
『ホンジュラス身長過小申告疑惑!?』
ホンジュラス戦について、色々な予想がされていると思いますが、私が見たHPに「ホンジュラスとの身長差に気をつけろ!」というのがありました。つまり、ホンジュラスは身長が高いから、空中戦にならないように!ということなのでしょう。その通り!実はこんな報道もあるのです。

選手リストの身長は、18人中15人が偽りのもので、うち13人は実際よりも低く登録されていた。実際のチームの平均身長は177・8センチだが、同委員会のメンバー表では平均169・3センチ。中には実際よりも20センチも低く登録されている選手も2人いた。


なんだと!?それは詐欺ではないか!?
と思ったみなさん、怒ってはいけませぬ。これが、ホンジュラスなのですよ。

ホンジュラスでは、一般的に長さの単位はインチ。
そして、ホンジュラス人は算数が苦手です。
つまり
インチからセンチメートルに変換する時に間違えたんじゃない?
ということも当然考え得るわけです。
国際大会なのにね。えぇ、全く不思議ではありません。

まぁ、単に詐欺行為だったのかもしれませんが。
それはそれで、全く不思議ではありません。

つまり、この国は何でもありなわけです・・・



さて、ホンジュラスの子どもたちはとってもサッカーが好きです。
丸いものは何でも蹴ります。小さな野球ボールも、重いバスケットボールも、丸いものは全て蹴る対象です。

それどころか・・・
a-DSC06150.jpg

はい、よく見て足元
a-DSC06151.jpg
どう見ても丸くないものまで、彼らにとってはボール代わり。

ね? つまり、この国は何でもありなわけです!



ところで、大人はというと
やっぱりサッカーが大好きです。
過去には、サッカーの試合が原因で戦争を起こしました。

はい。 つまり、この国は何でもありなわけです!


というわけで 参考になったでしょうか!?
いやぁ、明日の一戦が楽しみですね♪

私としては、恨まれない程度に(冗談にならないから恐ろしい…)
しかし日本の完全勝利を心から応援しています!!
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07

30

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貧しいってなんだろう

ケブラッチョスに行ってしまった事件から、なんか胸にひっかかるものがある。
なんだろう。

たぶん、ホンジュラスに来て一年が過ぎて、もうホンジュラスのことなんて判り切ってるんじゃい!と思い上がっているところが私にはあって、それなのに全く知らないホンジュラスの一面を垣間見て、それがジワジワと効いてきている感じだ。


貧しいってなんだろう


ケブラッチョスの村は本当に貧しかった。
‘電気がない’ということが、どういうことなのか、そこではどんな生活が営まれているのか
口で言ったり想像するのは簡単だけど、実際に目で見て、たった一晩ながらそこで過ごしてみると、本当に身につまされる。
何もない。
それ以上に他の表現が見当たらないくらい 何もない。

帰ってきてからのショックが大きいのは、たぶんグイノペのこの家に、かなりたくさんのものが「ある」からだと思う。
洗濯機がない、掃除機がない、冷蔵庫がない(かつて)、スーパーがない、舗装道路がない、電波がない
そんなもの、無いうちに入らないくらい、ケブラッチョスには本当に何もない。そして、逆にグイノペには何でもあるということに気付いた。



ホンジュラスに来て、一年だけでも住んでみて思っていたことは
「貧しい」っていうのが、人生にとってすなわち 不幸 とか 悪 とか 不便 というわけではないんだな、ということだった。
かつてホンジュラスに来る前の私は
発展途上国をどこか下の存在に見ていて、それをかわいそうだと思っていた。
私は恵まれた国に生まれた人間と思っていた。
でも、この一年で、この国に対して何かをしてあげたいと思う、その気持ち自体がすでに思い上がりだと考えるようになっていた。貧しさは、あくまでもその国の要素の一つでしかない、と。


でも、あの暮らしを見てしまうと・・・
やっぱり貧しいんだなぁ、この国は。
あの人たちに あの子達に 未来はあるのだろうか。

そしてこんな目と鼻の先で。
たった数キロ先で、こんなに違う暮らしをしているなんて。


目まぐるしく過ぎてしまったような一晩の出来事の中で、ジワジワと蘇ってくるのは
パンがもっと食べたいと言って泣いてしまったマリエッサの表情だったり
ハムを差し出した時に子どもたちが見せた、控えめながら顔が綻んでしまう表情だったりする。

それがあまりにも、強烈で具体的で現実的で、やりきれない気持ちになってしまう。


一年も経ったのに
私の思考はまた振り出しに戻る。

07

29

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一晩の思い出 3

翌朝
6時半のバスに乗るべく、5時半には起床。

昨夜、寝る前に行ったトイレに、改めて一人で行く。
トイレは庭の外れ、かなり離れた場所にある。
a-DSC00066.jpg

中はこんな感じになっている。
a-DSC00070.jpg


さらに便座の中を覗くと・・・
これ以上は詳しく表現できない世界が広がっている。
ぼっとん便所は全く珍しくないけど、蠢くトイレは初体験だった。
あとはご想像にお任せします。


庭にはかわいい子豚たちも寝ていた。
a-DSC00067.jpg



朝食にコーヒーを淹れてもらい、飲みながら、日本の話になる。
a-DSC00069.jpg

「日本は素敵な国なんでしょうね、写真はないの?」というレスリーの言葉で、そうだ!PC持っているじゃん!と思い出す。
あとは出発の直前まで、日本の写真を見せた。

そして、お別れ。
感謝の言葉と共に、そっと「受け取って」とお金を渡そうとしたけど、レスリーは受け取らなかった。
その代わり「また来てね」と5回目以上になるだろう言葉を言ってくれた。
社交辞令か、そうでないかくらいは、私にもわかる。
昨晩から「8月にトウモロコシが美味しくできるから」「グイノペからだったら、あそこでバスを乗り換えるのよ」「この番号に必ず電話して!」と何度も何度もレスリー家族が言ってくれた。
もう一度来ることが、きっとお礼の代わりになるのかな、と私も都合よく考えたりして。
その時には、ここで撮った写真を現像して持ってこよう。PCの日本の写真もまとめておこう。子どもたちへのお土産は何がいいかな。
そんなことを考えながら、バスから手を振った。

07

28

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一晩の思い出 2

あたりがすっかり暗くなる頃、夕飯の準備が始まった。
「この村には、コハダ(チーズの種類)と卵とフリホレス(豆)くらいしかないのよ。悪いわね。」と言って夕飯を用意してくれるレスリー。
あ!私ハムを買ったんだった!
サモラノでたまたま買ったハムが、こんなところで役に立つとは。
いそいそと差し出すハムに、レスリーよりも子どもたちが嬉しそう。ちょっとは夕飯が豪華になったかしら。

その後、美味しくご飯をいただき、寒くなってきたからとセーターも貸していただいた。

食後のコーヒーを愉しんでいるとこで、ちょっと向こうの家に行かない?と誘ってくるダニエラ。
よくわからないまま、ついて行くと、一軒だけ明るい家が。

そう、この村には電気がない。どの家もアルコールランプのようなもので明かりをとっている。
a-DSC00041.jpg

そのたった一軒だけの電気がある家(レスリーの実家だということが判明)に私を連れて行ってくれたのだ。
そこで、またサパテスゲームをしたり、音楽を聞いたり(これ最高の贅沢)、日本のことを話したり。
普段は8時か9時には寝るといっていたのに、結局9時過ぎまでその明るい家で過ごした。


レスリーの家に戻ると、私のために一つのベッドを用意してくれていた。7人家族であるレスリー一家の家にあるベッドは3つ。私が一つに寝たら、他の人が寝れないじゃん!と言うのも構わず、レスリーは「大丈夫、大丈夫」の一点張り。
結局私は、最高のもてなしをありがたく受け、そのベッドで寝かしてもらった。
三十路手前、何やってんだ である。

ベッドは最高の寝心地だったけれど、隙間風が吹きつけられ(というより、激しく叩きつけられ)屋根が飛んだかと思う瞬間が一晩で3回あった。音も寒さも耐えられないほどで、眠気で目をつぶっているのか、恐怖で目をつぶっていたのか、定かではない。
しかし、最高のもてなしである。一つのベッドで寝ているのだから。
本当に、三十路手前、何やってんだ である。

07

27

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一晩の思い出 1

思ってもみないところに、出会いはあるもので。


Zamorano(サモラノ)まで1時間かけて銀行に行った帰り、バスを乗り間違えてしまったことが、この出会いの始まりだった。
a-DSC00071.jpg
↑ちゃんとGüinopeと表示されている

いつもなら真っ直ぐ行くはずの道で、なぜか左手にそれて行くバス。ん?おかしいなとは思った。しかし、その時には、まだ全く焦ることもなく、どうせそのうちグイノペに着くだろうと思っていた。

しかし、30分が経っても全くグイノペ方向には進まない。あぁ、これは違うバスだったのか、と気付く。でも、まだ焦らない。まぁバスの旅を楽しんで帰ればいいか、と思っていた。だって午後2時半。まだまだ心配するほどのことはない。

ようやく目的地に着いたのは3時半。『ケブラッチョス』というギャグみたいな名前の村だった。
さて、戻るかぁと思っていたら 「もうバスはないよ」という車掌の一言。「帰るなら明日の朝まで待ってね」と。 ・・・へ?

そこでようやく事態の重大さに気付く。周りにいる人々も、「グイノペじゃもう帰れないわよ」と誰もが心配そうな顔で不躾な視線を送ってくる。

うん。そうか。困った。しかし、仕方がない。一泊するか。
私「で、ホテルはあるんでしょ?」
乗客「ホテル?そんなのないわよ」
私「・・・」

バスがない、ホテルもない、帰れない、明日の朝まで。
・・・・・。

その時、乗客の一人の女性が声をかけてくれた。
「もう明日の朝まで待つしかないわよ。それならうちに来なさい」と。
私が混乱して判断に迷っているのもお構いなしに、さぁ早くおいで!とバスを降りていく彼女。訳もわからずついて行く私。

そして家の中に招いてくれる。「とにかく座って。はい、荷物は預かるからね」とテキパキ行動する彼女。
その間にも、そこら中にいた人々が集まってくる。
どうしたどうした?帰れなくなったらしいぞ?どうするどうする・・・
そんな声が聞こえてくる。
本当にたくさんの人に囲まれて(20人以上はいたな)、みんながどうしたら私が帰れるかを考えてくれてた。
でも彼女はきっぱり、「朝まで待つのが一番よ、うちに泊まりなさい」
その一言を合図に、その場にいた人たちは散っていった。


さて。
なんだ、この状況は・・・
混乱している私はきょろきょろ。

とりあえず、JICAに連絡を入れなくては。
しかし・・・最近変えたばかりの携帯Claro(クラロ)は電波が立ってない。
「電話したいんだけど、電波がないから無理かなぁ?」と彼女に相談してみると、「ちょっとおいで」と私の携帯を片手に家の中を歩き回る。それでも電波が立たないとわかると、今度は庭中を歩き回る。そしてさらには、村の道を歩き回る。
ようやく小高い丘の上に電波が立つポイントを発見。無事に電話を済ませることができた。

ちょっと落ち着いた私は、そこでようやく彼女のことを知る。
a-DSC00014.jpg
名前は Lesly(レスリー)32歳。5児の母。
えっ 32歳!? しかも5児の母!?
完全にもっと年上だと思ってた。
そしてその後、当然私の年齢を聞かれたけれど、未だかつてこんなに自分の年齢を言いたくない状況もないくらい、気恥ずかしかった。
だって、バスに乗り間違えて、見知らぬ人にお世話になる三十路手前、しかも独身・・・何やってんだ私、である。
私の年齢を聞いた彼女の目に、1ミリも侮蔑の色がなかったことが、どんなに救いだったか。


少し馴染んできた私は、ようやく家の外に出る気になる。

このケブラッチョスは、本当に本当に田舎だ。
グイノペがめちゃくちゃ都会に思えるほどに。

時間は午後5時に近くなっていたが、大人も子どもも、外で遊んで過ごしていた。
a-DSC00015.jpg

そこで、「サパテス」という遊びをレスリーの6年生の娘Daniela(ダニエラ)が教えてくれた。
a-DSC00023.jpg
石ころを放り投げ、落とさないように手のひらでキャッチする、というゲームで、大人も子どもも、そこかしこでやっていた。単純なようで、けっこう技が必要なゲームで、何度も挑戦したけど、全く勝てなかった。
レスリーの末娘3歳のMariesa(マリエッサ)も、まねしてやっていた。
a-DSC00021.jpg


こうして、突然陥った不測の事態は、レスリーとその家族によって、楽しく過ぎていった。
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