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震災ボランティアを終えて

100日目の東北。岩手。
行って良かった。それは、誰かのためにではなく、自分のために。

被災者のために何かをしようと思っていたのは、自分の驕りだった。
私の力なんて、微力すぎる。



ボランティアはあまりにも、微力だ。
でも今は、この活動が無駄だとは思わない。
確かに、実際に進む速さは遅いし、活動は手作業だから本当に少しずつ。だけど、続けていくことに価値があるとわかった。こうしてボランティアを何ヶ月でも何年でも続け、毎日汗を流して働く姿を見てもらうことが、被災者を勇気付けることになると思う。そう信じたい。

東北へ行く前には、ボランティアは被災者のためって思ってた。
そう思っている時点で、すでに被災者との間に垣根があったと今は思う。
「まごころネット」の隊長が「みんなが被害者なんだ」って言っていた。「ここにボランティアに来ていることが、すでに被害者なんだ」って。
そうなんだ。だから、私たちは一緒に働く。共有していく。それが大切なんだと思う。この震災で失ったものは大きいけど、得るものも絶対にある。


きっと、想像以上にこの復興は難しいと思う。瓦礫の山を撤去するのに、このままだと何年もかかると思う。
でも、あきらめずに続けていきたい。




ここに載せなかった画像です。覗いてみてください。
東北・岩手
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4日目 釜石

6月21日(火)
ボランティア活動4日目。最終日。釜石市の家宅の瓦礫撤去。

釜石もひどい。沿岸部は何もない状態。そして積み上げられる瓦礫。そこら中に積み上がっている。
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ただもっとひどいのは、作業がまったく進んでいないと思われることだった。この地区は、先週からようやく重機による撤去作業が始まったと説明された。とは言っても、見渡す中で動いている重機はたった3台ほど。こんなにひどい状態なのに、放置と言っていいほど全く撤去は進んでいない。それが、ひどい。
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二階まで水がきていることがわかる家。

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家と家の間に船が挟まっている。


私たちは、家庭の裏庭に埋まっている瓦礫を掘り出し、別の場所に運ぶという作業を行った。ここでも1日目の活動と同様、ひたすら掘っては拾い、掘っては拾い…。懸命にやって、たくさん拾ったつもりでも、ふと顔を上げると広がる瓦礫の山。途方に暮れる。ボランティア活動の微力さ。これが何の役に立っているのかと思ってしまう。
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手前が私たちがきれいにした場所。でも、瓦礫の山はそこら中にある。

一日活動したって、ほんのわずかにしかならない。見渡す限りの瓦礫を、このまま活動を続けたって終わるのは何年?何十年?本当にそんな活動なのである。


でも、この日わかったことがある。
初めて被災者の生活する姿を見た。

私たちが活動をしたのは、一つの家宅。
持ち主であるその女性は、無言で自分の家を片付けていた。前向きに、と表現するのは何か違う。そうせざるを得ないといった感じ。だって自分の家が、自分の庭が、瓦礫に埋もれているんだから。やらなきゃならない。
母屋を瓦礫で埋め尽くされてしまったその方は、隣の小さな家(倉庫?)を住まいにしていた。入り口をちらっと覗くと、仏壇とろうそくの火が見えた。家族の誰かが犠牲になったとすぐにわかった。
近所の方がやって来て、道路から声をかけた。はじめは明るく挨拶しているようだったけど、その人も仏壇に気づいたのか、悲しい表情になって、少し涙を浮かべながら改めて家の中に入っていった。
これが日常になっている生活なんだろうって垣間見た気がした。こんなことがなければ、明るく会話して終わっていたはずなのに。


そんな状況にありながら、その方は、私たちに「ありがとう」って言ってくれる。
休憩時間には冷えたジュースを差し入れてくれた。先週やっと電気が通じて冷蔵庫が使えるようになったのだという。
嬉しかった。こんな状況で、私たちボランティアのためにジュースを用意してくれているその気持ちがありがたかった。逆に、私たちが救われる思いがした。
嬉しかった。
働いてよかったと思った。

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3日目 倉庫品出し

6月20日(月)
ボランティア活動3日目。今日は倉庫の品出し。
ここは、被災者が支援物資をもらいに来るところ。私たちは、少なくなった品物の補充をする。
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米、調味料、タオル、ティッシュ、洋服、下着、傘、靴、化粧品、おむつ・・・いろいろ
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一世帯で10点までと決まっていて、買い物みたいに自分たちが欲しいものをかごに入れていく。震災直後は30点だったけど、25、20…とだんだんと減ってきて、今では10点のみとなってしまったと聞いた。
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ある程度のものは揃っているような気がしたけど、やっぱり不自由。基本的に好みで選んだりできないから。たとえば、醤油は醤油。一種類のみ。濃い口とか薄口とかメーカーとかはない。
それに、サイズがなかったりする。おむつはLサイズばっかりで、SやMサイズがなかった。
さらに、重要なものの一つだと思われるトイレットペーパーが品切れだった。「ないんですか?」と聞いてくる人も多かった。
やはり、不自由な生活を強いられているんだなってことがわかる。
それでも、ここへやってくる人はだんだん減っているという。生活が落ち着いてきて、自分たちでお店から買ったりすることができるようになったからではないかということだった。

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ボランティアとの出会い

私たちJICAボランティアは、遠野市の自治会館で寝泊まりさせていただいた。ここはとても恵まれていて、炊事洗濯ができ、寝る時も畳の上に座布団を敷いて寝袋や毛布を使って寝るという、ボランティアとしては考えられないほどの快適な生活を送ることができた。

そして、ここには同じ23年度1次隊の駒ヶ根の仲間のみならず、他のJICAボランティアもいた。これが予想外だった。まずJICA大阪で訓練をしてきたメンバー。また、アフリカ・ブルキナファソから一時退避の為に帰国している隊員。彼らとの出会いがとても良かった。

朝は5時半~6時には起き、順次朝ごはんと準備。
6時45分には「遠野まごころネット」へ出発
7時20分 ラジオ体操、隊長からの確認事項、活動編成などがあり、8時くらいにバスへ乗り込み、各方面へ出発。
方面は大きく分けて3つ。
陸前高田
釜石
大槌町
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このホワイトボードに参加する人数を書くことで申請。

また、その他にも内勤や倉庫の品出しがJICAボランティアには要請されていた。

バスでの移動は1時間半~2時間ほど。
10時からお昼をはさんで3時近くまで働き、5時には「まごころネット」に戻るという感じ。

その後、シャワーを浴びて倉庫担当が夕食のメニューを決め、買い出し、7時くらいまでにみんなでわいわい夕食作り。
8時半くらいまでお酒を飲んだりしながら楽しく食べる。
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そして次の日の分担や、昼ご飯のおにぎり作りなどをみんなで行い、10時~11時くらいには寝る。
こんな毎日。

基本的に協力隊の人たちだから、共同作業に慣れている。
訓練中にはみんなで一緒にご飯を食べることはあっても、ご飯を作ることはなかった。それでも、協力的に食事作りをして、片付けも一人ひとりが自由な感じだけど、スムーズに終わった。こんなに一人ひとりが自由な感じで、かつ、ちゃんと自治がとれていたことはこれまでにはなかった。

三食をしっかりと食べられたこと、DSC04617.jpg
きちんと寝る場所や時間が確保されていたこと、生活のリズムや人間関係が良かったこと、これはボランティアを続ける上ではなくてはならないと思った。

また、ブルキナファソ隊員にとっては、自分の国に残りたい思いを置いて、日本に帰ってきている。それに比べて私たちは、数日後に出国を控えてわくわくしている。
きっと複雑な心境があったと思う。
それでも、一緒に生活している中で、任国の話をしてくれたり、最後には、「二年間日本に帰ってきちゃダメだよ」って言って送り出してくれた。その言葉がありがたかった。
とてもいい出会いだった。
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2日目 まごころネット

6月19日(日)
ボランティア2日目。今日の作業は内勤。
「遠野まごころネット」という私たちが所属しているボランティア団体の事務作業を手伝った。
本当にただの事務処理。とはいえ、仕事は溢れるほどにあるらしい。何しろ地震発生から3ヶ月以上経ち、現場での仕事は変わらずにあっても、被災者側は刻一刻と生活が変わってきている。

この「まごころネット」には、本当に全国からのボランティアが集まっていた。横浜は近い方だったと思う。東京より西から来ているボランティアの多いこと。九州から車で20時間以上かけてくる人も稀ではなかった。
みんな何かができたらと思って来ていた。
仕事を休んでくる人もいた。学生もいた。70歳以上の方もいた。

この組織のすごいところは、とにかくボランティアに対する支援がしっかりしているということ。社会福祉協議会の施設を使っているが、寝るところの提供だけでなく、物資の提供や食料品などがボランティアのために置いてある。
具体的にいうと、マスク・ゴーグル・長靴・医療品・生活用品などが借りられたり、もらえたりする。
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もちろん基本方針は「個人完結」。全て自分で用意してくることだけど、できるだけボランティアの活動をサポートするという姿勢が素晴らしいと思う。
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さらに仮説シャワーまで設置され、一人15分というリミット付きではあるけど、シャワーが浴びられるのはありがたかった。
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情報共有
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この日の私たちの仕事は、被災者に配るパンフレットへのシール貼り、防犯ブザーへの番号付け、そして支援物資の仕分けだった。
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支援物資も全国からたくさん届いていた。横浜からのを見つけた時は、嬉しくなった。
届く物は全て新品。とはいえ、多くは家にあって使っていなかったものを送ってくれたのだと思う。でも中には、わざわざ買って丁寧に梱包して送られてくるものも。そういったものには、愛を感じた。支援物資というイメージというより、プレゼント。心が温かくなる感じがした。


ちなみに、この方が現地を訪問。
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小泉進次郎

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